今日もルノアールで

ルノアールで虚空を眺めているときに更新される備忘録

勢いで窯元に行ったら、人間国宝にお会いできた話

GWに京都で友人と会う約束があり、そのついでに急遽鳥取に2泊3日で行ってきた。

鳥取と言えば、まず真っ先に「砂丘」が連想される。そして、最近では青山剛昌先生や水木しげる先生の出身地としても注目を集めており、空港や通りに作品の名前が冠せられたりしている。しかし、今回の目的はそのいずれでもなく、「器」である。

少し前まで「器」自体に全く興味はなかったのだが、つい最近牛ノ戸焼の染分皿を目にする機会があり、ひと目で気に入ってしまった。


出典:器屋うらの

このお皿との出会いをきっかけに、鳥取には柳宗悦の一番弟子とも言われる吉田璋也という偉大な民藝プロデューサーがいたということを知り、改めて民芸運動について調べているうちに、1度現地に行ってみようという気持ちになった。安西水丸さんの『鳥取が好きだ。水丸の鳥取民芸案内』を携え、折坂悠太(鳥取出身)を聴きながら、とりあえず牛ノ戸焼の窯元を見れればいいかなというゆるい気持ちで向かう。

初日は夕方ごろに到着し、まずは「たくみ工芸店」にGO。扉を開けるやいなや、さまざまな窯元の個性豊かな器が置いてあり、一気に惹き込まれてしまった。

物色していると、店員さんと軽く目があったため、挨拶がてら「明日は窯元に行こうと思ってるんです」と話しかけてみると、「ほう、それはよっぽど器がお好きなんですね」との回答。てっきり器好きの人は窯元に行くもんだとなぜか思い込んでいたが、わざわざ窯元まで行ってみる人はかなり少ないらしい。現地で初めて知った。

そして、「もし行くのであれば、事前に電話しておいた方がいいですよ。窯元の多くは家族でやっていらっしゃるので不在の場合もあります」とも教えていただき、こんな1ヶ月前に器に興味を持ち始めた素人が突撃していいものか……としばし悩むが、このために来たのだから行ってみようと思い直す。

店をあとにしようとしたところ、「ちなみに今回はお車ですよね?」と聞かれ、「いえ、電車ですけど」と答えると、あからさまに店員さんの顔が曇り、「それは…もしかしたら難しいかもしれないですね…。窯元は多くが山奥にあり、公共交通機関で行きづらいんです」と衝撃の宣告。しかも、牛ノ戸焼や同じく染分皿で有名な中井窯は、特に行きづらい場所にあるそう。

なんのために来たんだ……としばし呆然と立ち尽くしていると、「いや、でも何か方法があるかもしれません……とりあえず駅の観光案内所に行ってみてはどうでしょう?」と提案され、ダメ元で観光案内所に向かう。すると、やはり公共交通機関で行くのは難しいと言われてしまったが、タクシー乗り放題のプランがあるから、それを使ってみてはどうか、と提案してくださった。

3時間付きっきり9200円。

決して安い金額ではない。しかし、窯元に行けないとなると、なんのために来たのかわからない! えいやと申込みをすませ、明日に備える。

翌日は砂丘や砂の美術館を午前中に済ませ、13時から窯元巡りスタート。ドライバーは、カキモト(仮名)さんという50代ぐらいの女性。元気なおばちゃんという感じ。「若いのに器に興味があるなんて立派ねえ。私なんて鳥取に住んでいるのに、全然詳しくないから恥ずかしいわ」と30回ほど繰り返され、「いや、僕も全く詳しくないんですが……」と返答するも、全然聞いていない感じで、一方的にマシンガントークを受けながら向かう。

鳥取駅から30分弱、まずは中井窯に到着。

中井窯

中井窯は、原宿のBEAMSや中目黒のSML等々で展示を行っている窯元さん。洗練されたお洒落さがあり、自分を含め、おそらく器初心者的にも取っ付きやすいようで、若い女性もちらほら来ていた。

この日は定番の染分皿を始め、柳宗理ディレクションの作品群や新作(?)の青磁なども置いてあり、1時間ほど眺め倒す。特に青磁は、ほかのどこでも見たことのない不思議な青で、これに炒飯入れたらいいなとまで妄想したが、かなり高額だったため断念。今回は、大きさもちょうどよかったため、柳宗理ディレクションの染分皿にしておいた。

中井窯

ちなみにドライバーのカキモトさんは、なぜか店内まで付いてきたあげく、窯元の方に「中井窯のデザインって牛ノ戸焼と似てますよね。素人目には違いがわからなくて、ガハハ」といった千原せいじ方式の会話を繰り出しており、僕は内心で「カ〜キ〜モ〜ト〜」と叫び倒していた。怖いものなしすぎるぜ。

次は、牛ノ戸焼窯元へ。中井窯からほど近く、10分かからず到着。7代目にあたる小林遼司さんに丁寧に出迎えていただいた。

こちらは吉田璋也が民藝に興味を持ったきっかけの窯元さん。中井窯のように専門の販売所があるわけではなく、焼く前の器などが保管されている場所に一緒に作品も置いてあり、そこを見せていただく形。

今回の旅のきっかけにもなった窯元さんのため、ちょうどいい大きさの三方掛皿やコーヒーカップがあればぜひ購入したかったのだが、この日は大物中心のラインナップでご縁なく……。銀座の「たくみ」にも卸しているとのことなので、東京に帰ったら覗いてみようと思う。

何も購入しなかったにも関わらず、最後はご親切に登り窯まで見せていただき、あまりの大きさに言葉を失った(驚きすぎて写真撮るの忘れた)。昔ほど頻繁には使わないそうだが、今でも年に1度2度は使っているそう。


出典:Wikipedia

というわけで、お目当ての2つの窯元巡りは思いの外スムーズに終了。どちらの窯元の方も大変親切にご対応いただき、行ってみるもんだな、と大満足。

まだ多少タクシーの時間はあるものの、もう近場で行きたいところもなかったため、ゆっくりめに帰ってもらおうかなと思っていると、カキモトより「この近くに白磁で有名な窯元があるみたいなので行ってみませんか」との提案を受ける。

正直、染分皿の鮮やかなバイカラーに惹かれた自分としては、白磁には興味を持てるイメージがわかず、しかもその窯元さんには前日に電話もしていないため、いきなり行ったらご迷惑になるのではないかとの思いから渋っていると、「ダメ元でいいじゃないですか。とりあえず行きましょう!」と半ば強制的に向かうことに。

ほどなくして、やなせ窯に到着。いきなりの訪問なのに、カキモトはけっこうな勢いでお庭に車を入れるからひやひやする(窯元さんはご家族で営まれていることが多く、自宅と工房を兼ねている場合が多い)。

下手したら怒られるのではないかとおそるおそる玄関に向かうと、作家さんの奥様が出迎えてくださり、お家の中に招いてくださった。

やなせ窯
やなせ窯
やなせ窯

自分は今まで本当の白を知らなかったのではないか、と思わされるほどの圧倒的な白!

僕の粗末すぎる写真からは伝わらないが、作品の周辺の空間だけ時が止まっているような感覚を受ける。正直、今回の旅で最も衝撃を受けた。

黙々と作品を見ていると、奥様がお茶とお菓子を持ってきてくださった。なんとなく世間話をしていると、ヌルっと部屋の奥から男性が登場し、同じテーブルに着席。「お邪魔してます」と声をかけると、優しい笑顔で名刺のようなものを渡してくださり、ちらっと経歴を見ると、「重要無形民俗文化財保持者」との文字。人間国宝現る。

理解が追いつかず、ぼーっとしていると、「どうして器に興味を持ったのですか?」と話を振っていただき、その後は「民藝とは何か」「お気に入りの器のある生活の豊かさ」というようなことをお話しいただいた。レコーダー持っていなかったことを悔いた。

そんなわけで終始感動しっぱなしだったわけだが、途中カキモトは「人間国宝の作品なんてお高いんでしょ〜、こいつ〜」みたいなトークを放り込んできて、まじでぶん殴ろうかと思った(やなせ窯に来れたのはカキモトのパワープレイの賜物であると念じ、必死に我慢したけど)。

というわけで、今度こそ駅に戻ろうかなと思っていたところ、「実は近くに若い作家さんの窯があり」という話になり、なんと今度は花綸窯に向かうことに。花綸窯の花井さんはわざわざやなせ窯まで迎えに来てくださり、一緒に向かう。

花井さんは福岡で陶芸の修行されており、数年前に独立を考えたときに、鳥取に作家の誘致構想があることを知り、移住してきたんだとか。自宅内で作品を見せていただき、牛ノ戸焼ともまた違う風合いのもので気に入り、湯呑を買わせてもらった。たまに東京でも展示を行っているそうで、タイミングが合えば行ってみようと思う。

花綸窯

というわけで、ここらでついにタイムアップ(というか、カキモトが「陶芸だけで食べて行けるもんなんですか?」みたいな思い切った踏み込み方をし始めたので切り上げた)。駅に戻ったときは16時半近かったけど、特に追加料金取られることもなく終了。

ちょこちょこカキモトに愛想をつかしそうになりながら、ともあれ結果的に3時間で4つの窯元を回ることができた。

事前に下調べし、窯元にまで行く人は少ないという情報を得ていたら、おそらく窯元に行くことはなく、こんなに濃密な体験はできなかったであろう。最終日、「たくみ」の店員さんに窯元巡りの報告に行くと、「ほんと度胸ありますよね(笑)」と言われた。度胸は全くないと自負しているが、ときには無知がゆえの勢いで行動してみると、壁の向こう側にある世界を知ることにつながるのは間違いなさそう。なんだかんだカキモトの勢いにも助けられた。

今度鳥取に来たときは、延興寺窯や山根窯あたりを攻めたい。