今日もルノアールで

ルノアールで虚空を眺めているときに更新される備忘録

闘病明けの僕を救ったThe 1975

昨年末、心臓の病気が発覚し、ぼくは長期の入院生活を余儀なくされた。幸いにも、現在は特段不自由もなく生活を送ることができているが、「この治療の選択と結果ひとつで、その後の生活が大きく変わる」という岐路に何度も立たされた闘病生活を経て、今までだったら気にも留めないようなことがたくさん目につくようになった。

タイムラインに流れてくる罵詈雑言、あまりに想像力に欠いた政治家の暴言、仲の良い同僚との飲み会での一言にすら、時には差別的なニュアンスを感じ、気分が沈んでしまうようになった。

あらゆる局面における弱者と強者は、本人の預かり知らない「たまたま」一発で簡単に消し飛ぶ脆いもの。そういう「入れ替え可能性」みたいなものを肌で実感したことにより、僕の見ている世界はすっかり変わった。分断を乗り越えるにはどうすればいいのか? そのことばかり考えるようになった。

そんな時間を過ごす間、常に聴いていたのはThe 1975。以前からつまみ食い的に聴いてはいたものの、この機会に改めて聴いてみると、何か共通した問題意識を持っているように思えた。

特に『Love It If We Made It』は、世界規模で進行している分断について鋭く切り込んでいる。「Fuck your feelings」というトランプ大統領の選挙キャンペーンに使われた言葉を引用し、異なる他者への想像力を欠いた現状を皮肉り、「Modernity has failed us」と現代を嘆き、「I'd love it if we made it」と悲痛に叫ぶ。

決してポジティブなことを歌っているわけではない。しかし、僕はどうしようもなく救われてしまった。なぜか。その理由は、サマーソニックでのライブで明らかになったような気がする。

プレステロゴのキャップとパーカーの出で立ちで颯爽と登場したマシューは、日本酒瓶片手に『Give Yourself A Try』から『TOOTIMETOOTIMETOOTIME』の流れで観客を煽る。会場全体のボルテージは一気に高まる。

かと思えば、その後の『Sincerity Is Scary』ではおなじみの帽子を被り、遠い目をして煙草をふかし、『I Like America & America Likes Me』では狂気の様相で舞台を動き回り転がりながら、何かにとりつかれたようにオートチューンのかかったボーカルで叫ぶ。声をあげること、現状に異議申し立てすること、それだけのことなのに、なぜかままならない。そんな現状にクリティカルに響いた。

そして、『Love It If We Made It』は拳を突き立て、鬼気迫る表情でがなり立て、最後は『The Sound』を高らかに歌い上げ、会場全体を一つにした。間違いなくあの瞬間、音楽を通した対話が成立していた。

たった1時間ほどのライブの最中、マシューの表情は1秒単位でくるくると変わった。現状を憂慮し、怒り、泣き叫んでいるかと思えば、イカれた表情で煙草をふかし、その次の瞬間にはとびきりの笑顔を見せている。海を超えた遠い異国で生まれた一人のロックスターも、極東の片隅で日々必死に生活を送っている僕も、同じようなことに頭を悩ませ、それでも対話の可能性を諦めず、毎日を過ごしているんじゃないか。その端的な事実に、どうしようもなく救われていたんだと思う。