今日もルノアールで

ルノアールで虚空を眺めているときに更新される備忘録

闘病明けの僕を救ったThe 1975

昨年末、心臓の病気が発覚し、ぼくは長期の入院生活を余儀なくされた。幸いにも、現在は特段不自由もなく生活を送ることができているが、「この治療の選択と結果ひとつで、その後の生活が大きく変わる」という岐路に何度も立たされた闘病生活を経て、今までだったら気にも留めないようなことがたくさん目につくようになった。

タイムラインに流れてくる罵詈雑言、あまりに想像力に欠いた政治家の暴言、仲の良い同僚との飲み会での一言にすら、時には差別的なニュアンスを感じ、気分が沈んでしまうようになった。

あらゆる局面における弱者と強者は、本人の預かり知らない「たまたま」一発で簡単に消し飛ぶ脆いもの。そういう「入れ替え可能性」みたいなものを肌で実感したことにより、僕の見ている世界はすっかり変わった。分断を乗り越えるにはどうすればいいのか? そのことばかり考えるようになった。

そんな時間を過ごす間、常に聴いていたのはThe 1975。以前からつまみ食い的に聴いてはいたものの、この機会に改めて聴いてみると、何か共通した問題意識を持っているように思えた。

特に『Love It If We Made It』は、世界規模で進行している分断について鋭く切り込んでいる。「Fuck your feelings」というトランプ大統領の選挙キャンペーンに使われた言葉を引用し、異なる他者への想像力を欠いた現状を皮肉り、「Modernity has failed us」と現代を嘆き、「I'd love it if we made it」と悲痛に叫ぶ。

決してポジティブなことを歌っているわけではない。しかし、僕はどうしようもなく救われてしまった。なぜか。その理由は、サマーソニックでのライブで明らかになったような気がする。

プレステロゴのキャップとパーカーの出で立ちで颯爽と登場したマシューは、日本酒瓶片手に『Give Yourself A Try』から『TOOTIMETOOTIMETOOTIME』の流れで観客を煽る。会場全体のボルテージは一気に高まる。

かと思えば、その後の『Sincerity Is Scary』ではおなじみの帽子を被り、遠い目をして煙草をふかし、『I Like America & America Likes Me』では狂気の様相で舞台を動き回り転がりながら、何かにとりつかれたようにオートチューンのかかったボーカルで叫ぶ。声をあげること、現状に異議申し立てすること、それだけのことなのに、なぜかままならない。そんな現状にクリティカルに響いた。

そして、『Love It If We Made It』は拳を突き立て、鬼気迫る表情でがなり立て、最後は『The Sound』を高らかに歌い上げ、会場全体を一つにした。間違いなくあの瞬間、音楽を通した対話が成立していた。

たった1時間ほどのライブの最中、マシューの表情は1秒単位でくるくると変わった。現状を憂慮し、怒り、泣き叫んでいるかと思えば、イカれた表情で煙草をふかし、その次の瞬間にはとびきりの笑顔を見せている。海を超えた遠い異国で生まれた一人のロックスターも、極東の片隅で日々必死に生活を送っている僕も、同じようなことに頭を悩ませ、それでも対話の可能性を諦めず、毎日を過ごしているんじゃないか。その端的な事実に、どうしようもなく救われていたんだと思う。

私が食べた本 #02『「コミュ障」の社会学』

早々に7割ぐらい読み進め、半年ぐらい放置の末、ようやく読み終わった。あまりに自分の関心にズバリの内容で、しかも自分がこれまで抱いてきた違和感をポンポン言語化していくものだから、大事に読もうと思っていたら、大事にしすぎて忘れていた……。

「コミュ障」の社会学

「コミュ障」の社会学

社会というものは、そこから漏れ落ち(かけ)たときに、よく見えることがある。

この一文から始まる本書は、小学生時代に不登校経験を持つ著者の貴戸理恵さんが、「コミュ障」「不登校」という現象を通じ、「生きづらさ」を取り巻く状況の整理、「当事者」という概念の整理、そして生きづらさを抱える人が、自分を曲げることなく社会とつながるにはどうすればいいかを探っていく、というような内容。

「うまくいっていない自分を他者はどう思っているか」という再帰的な視点を発生させるために余計にしんどくなっている。

「コミュ障」という言葉を聞くと、まるで全く空気が読めない存在かのようにイメージしてしまうが、「コミュ障」と名指されることに恐怖を抱いている人というのは、むしろすごく空気を読めるからこそ、その恐怖を抱いていると。確かに、「生きづらさ」を抱えている人というのは、社会規範のようなものを内面化し、その規範から自分が外れてしまうことに強いストレスを覚えるのだろう。著者は、そういった存在のことを「非社会的で、社会的な存在」と書く。

学校・企業・家族という「場」のシステムが揺らぎ始めるにつれて、使用数が多くなってくる。

というわけで、近年よく聞く「生きづらさ」。しかし、そもそも、「生きづらさ」とは何か? 正直、僕はその「生きづらさ」というざっくりした言葉が、何を描写しているのかよくわからず、「生きづらい」を連発する人に対し、クレイマーを見るような眼差しを差し向けてしまったこともあるような気がする……。

「言い換えれば、『生きづらさ』は、個人化・リスク化した人生における苦しみを表す日常語なのだ。

本書を読み、とても腑に落ちたのは、多様化と個人化が進みきった現代において、既存のカテゴリーでは苦しみを受け止めきることができず、もはや主観に根ざした「生きづらさ」としか表現しようのない状況が広がっているということ。たとえば、これまでは同じマイノリティの属性の人なら、おそらく同じような苦しみの体験を持っているため、その属性でつながることが比較的容易にできたが、今はたとえ同じ属性だとしても、同じ体験をしているとは限らない。著者の端的な定義によると、生きづらさとは「個人化した社会からの漏れ落ちの痛み」ということになる。

市場原理の適用領域拡大によるコスト削減を志向するネオリベラリズムのもと、格差・不平等の顕在化と自己責任の強調が同時進行するという事態が生じた。
不登校に対する寛容度は高まり、選択肢は増えた。だが、それは、将来が不安定になること、不利益を被った場合に「自己責任」とされることと引き換えだったと言える。

そういうわけで、本人の主観に根ざした言葉として「生きづらさ」という言葉が多く使われるようになった。そして、個々の「生きづらさ」を生み出す大きな構造の一つに、「自己責任」と言われてしまいやすい現状があるのだと思う。時代が進むにつれ、昔とは比べ物にならないくらい選択肢は増えたと思う。人々は当たり前に自分のメディアを持ち、必要とあらばクラウドファンディングなどを通じ、金銭的な援助を得ることも可能だ。

しかし一方で、選択肢や手段が整った(ように見える)ぶん、それでもうまくやれないのは、「自己責任」という圧力は確実に強まっているように思う。実際は、そもそも人により可視化されている選択肢の数は違うし、何かサービスを使おうと思ったときに必要な資質も千差万別なわけで、何でも「自己責任」にすることのおかしさは明らかにも関わらず。

「当事者である自己」を重視し、「私のことはわたしが一番よく知っている」と専門家の権威を相対化してみせるこの視覚から、私は「自分の問題を自分で研究する」ということを教わった。

こうした状況の中、「生きづらさ」に抗う強力な手立てとして「当事者研究」がある。僕自身、この「当事者研究」には直近でかなり救われた。そもそも「自分のことは自分が一番よく知っている」という発想自体、他者から測られる、値踏みされることへの強烈な対抗になっているように思う。

僕の経験を書くと、昨年末身体を壊したときに、僕は治療方針を巡り、医師と大バトルを繰り広げた。こちらの意志や希望を全く無視し、ただただガイドラインに流れ作業的に当てはめていく医師の姿勢は、全くもって承服しかねるものだった。自分の身体に介入され、自分の身体を他者に管理されるというのは、すさまじいストレスだ。しかし、医学的知識の圧倒的な非対称性の前に、どう抗えばいいのかわからなかった。

そんなとき、僕は当事者研究を思い出した。「私のことはわたしが一番よく知っている」「私の苦労を取り戻す」といったステートメントに、自らの手に主権を取り戻す上で大きな勇気をもらった。そして、自分の身体を研究対象として相対化し、インターネットを通じてほかの患者と対話を重ねることにより、僕の苦しみやストレスは徐々にやわらいでいった。自分も自信を持って、意見を述べていいのだと思えた。結果、自分の中に明確な意志のようなものが生まれ、自分が治療の舵を取り、納得いく方法で治療することができた(自分が納得するために、どれだけエネルギー必要なんだとは思った)。

注目しているのが、「克服」という「結末」を持たず、起承転結の見えないまま、一人ひとりの現状にもとづいて「終わりのない語り」を語り続ける、いわば一人称単数の「私の語り」の集積でしかありえないような何かである。
「自己を語りえない」というしんどさを抱えていることが、「生きづらさ」を少なくとも部分的に構成している。
人が選択の主体になるためには、それに先立って自己を生み出す場や関係性が必要だということだった。逆説的だが、人は個人化されすぎると、個人であることが難しくなるのだ。

人は、対話や関係性の中にこそ、自己の輪郭を掴むのではないかという指摘。その意味で、医師と僕の間には対話は成立していなかった一方で、ネットの向こう側の人たちとはメッセージを通じて対話をし、初めて苦しみを受け止めてくれた。國分功一郎先生の「欲望形成支援」にも通じるような気がする。対話は、その人の結果として「意思」ではなく、その前の「欲望」を引き出す。

現代において、生きづらさと全く無縁の人はいないと思う。断片的な語りを通じ、さまざまな相手と対話を重ね、そこに自分の意志のようなものを確認し、それぞれが行動していく。語りというのは物語化されている必要はなくて、大切なのは「キープ・オン」なんじゃないか。というふうに読んだ。まだ全然消化しきれていない感じだけど。おしまい。

私が食べた本 #01『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』

月ごとに読んだ本をまとめるつもりが、冊数が多くなればなるほど腰が重くなり、更新が滞ることに気付いたので、これからは一冊ごとに雑に記録する。それでも続くかわからないが……。

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した

  • 作者: ジェームズ・ブラッドワース,濱野大道
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/03/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る

イギリスのジャーナリストであるジェームズ・ブラッドワースが、アマゾンの倉庫ピッカー/訪問介護士/コールセンターの窓口/UBERのドライバーとして実際に働き、そこで見聞きしたことをまとめた一冊。とはいえ、訪問介護士とコールセンターについては、実際の体験の記述は非常に薄く、基本的には同僚などへの聞き取り調査がまとめられている。そういう意味で、アマゾンとUBERは言葉に血が通っていておもしろい。

それぞれのピッカーは、商品を棚から集めてトートに入れる速さによって、最上位から最下位までランク付けされた。

当初は雇用が生まれると歓迎されていたアマゾンの倉庫だが、その行き過ぎた管理主義により労働者は疲弊し、今や東欧の人たちしか働いていないとのこと。ゲゲゲと思ったのは、ここには懲罰制度が存在し、仕事で何かミスをしたりするとポイントが加算されていき、5ポイント溜まると解雇になるということ。このポイントの加算は極めて恣意的に運用されており、もう少しで正社員という人に筋の通らないポイント加算があるほか、なんと病欠を理由に仕事を休むことでもポイントが加算される。人間的なものが何もない世界。それだけに、アマゾンの用いるハイテンションな言葉は空疎に響く。

全員を「アソシエイト」と呼ぶことは、みんながひとつの幸せな大家族であるという錯覚を生み出すために仕組まれた策略のように思われた。

そして、実際に体験したからこその実感として、以下のような記述があった。

仕事のあまりの惨めさが、タバコ、アルコール、そのほかあらゆる刺激に対する欲求を駆り立てた。

ある午後にニルマールが私に言ったように、「この仕事をしていると無性に酒が飲みたくなる」のだ。

よくアルコール依存症や喫煙者は「自己責任」と十把一絡げに切り捨てられるが、あまりに惨めな仕事をさせられることを余儀なくされ、その帰結として刺激を求めて飲酒や喫煙に向かう人たちのことを誰が責められるだろう。じゃあ別の仕事を探せばいいと思うかもしれないが、彼らにそんな選択肢はない。

少しのおしゃべりさえ高望みなのだと彼らは気付いているのだ。

これは訪問介護士のパートでの一説。社会福祉の予算が削られる中、数をこなすことでしか生活費を賄えなくなった訪問介護士は、次から次に極めて事務的に仕事をこなさざるを得なくなり、その結果として介護を受ける側が「迷惑をかけたくない」と自主規制する。だから、「おしゃべりすら高望み」ということになる。ごく最近まで入院していた実感から、日本の大学病院でも多かれ少なかれこの傾向はあると思う。現場の介護士や看護師がどうという問題ではなく、仕組みとして患者とおしゃべりすることに経済的なメリットが認められないのだから仕方ない。中には、そこを逸脱して対応してくださる方もいたけど、それはその方の良心により成り立っている脆すぎる状態。

日本でも介護士の低所得は問題になっているけど、ケアに携わっている方々はもっとリスペクトされるべきだし、もっと経済的なメリットを受け取るべきなのは間違いない。もっとこのあたりは勉強したいところ。

どんなにドライバーを増やしてもウーバー側にはほとんど埋没費用は生じず、税金関連の事務処理が増えるわけでもなかった。請負人であるドライバーとは出来高払いの契約を結んでいるため、仕事がなければ支払いは発生しない。

乗車リクエストの80パーセントを受け容れなければ「アカウント・ステータス」を保持することができないと通知している。

「好きなときに好きなだけ働ける」という柔軟性を売りにするUBER。労働者たちは形としては個人事業主として働いていることになっているが、実は労働者にほとんど自由はなく、UBERの言う通りにしなければ、働くことはできなくなってしまう。結果として、企業としては雇用にまつわる税の支払いなど負担を全くなくした形で、労働者たちを意のままに使えるようになったというわけだ。

もちろん、UBERの参入はタクシー業界にイノベーションを起こしたし、悪いことばかりではないが、良いことばかりではない。

AmazonUBERも非常に身近なサービスだが、自分のクリックの向こう側で、誰かが人としての尊厳を剥奪された状態で働かせられているかもしれない。そこに対する想像力は忘れずにいたい。

ただの日記 #2

10時過ぎに起床。日中、特に予定もないため、起き抜けに『読書の日記』を数ページ読み、UBER eatsを頼むか15分ぐらい悩んだ末に、普通に自分で調達することにした。最初は今日ぐらいいっか〜と思ってアプリを開くのだけど、歩いて10分のところから届けてもらうのもな〜、そんな身分じゃないしな〜となり、毎回葛藤する(躊躇なくUBER使えるぐらいお金欲しい)。けっきょく今日もギリギリの朝マック目掛けてチャリンコを走らせ、ソーセージマフィンとコーヒーを食べた。最近、休みの日の朝食だいたいマックの気がする。平日はゆるすぎるぐらいのロカボ生活をなんとかしてるけど、休みの日になると一気に取り戻しちゃうんだよな。

12時ぐらいから日比谷駅へGO。ずいぶん前にチケットを取った「尾崎世界観の日 特別編」が今日だったのだ。17時半開演。時間もあるため、それまで有楽町のお馴染みのルノアールにインし、光の速さでドリップアイスコーヒーを注文。この前、池袋の三省堂ジャケ買いした『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』を読む。『CHAVS』と通ずる部分も多々。貧困層の不可視化と、貧困層=努力不足という無根拠だが都合の良い認識。1章では、Amazonの倉庫で働くピッカーと呼ばれる仕事を著者が体験する。ピッカーとは注文が入るたびに、商品を棚から指定の場所に移動させる仕事らしいのだが、全ての動きはセンサーにより徹底的に管理されており、どれくらいの数をさばけたのかは数値化される。当然、それによりランク分けもされる。そして、懲罰ポイントという制度があり、それが5ポイントたまると機械的に解雇という仕組みもあるとのこと。驚いたのは、就業前日など常識的な時間に病欠を理由に仕事を休む場合、それも罰する対象と見なされ、ポイントが加算されるということだ。あまりにも人道に反する。すべてが市場に委ねられた結果、こんなクソみたいなことがまかり通っている。どうすりゃいいのだろうか。The 1975の『love it if we made it』を聴く。mattyの言うように、本当に時代に見放されたとしか思えなくなってくる。

落ち込んでばかりもいられないので、そのエネルギーを個人で作り始めた雑誌にぶつけることにする。地味な作業をセコセコし、ああでもない、こうでもないと考える。全ての決定権が自分にあるから、締切という概念が実質的になくなっているせいで、マジ進まない。個人プロジェクトをぐいぐい前に進められる人って本当にすごい。やりたいからやってるんだろ!と言われればそりゃそうなんだが、その時間で本業に直結する本を読むなり、企画を考えるなりした方が明確なメリットはあるわけで、そこの誘惑に負けず、推進していくのってけっこう難しいと思う。できれば夏には形にしたいな。

久しぶりの日比谷野外音楽堂。C列って書いてあったから、「うわ、すごい前じゃん」と思っていたけど、日比谷野外音楽堂はブロックごとにABCと分けられており、Cは最も後ろのブロックでしたとさ……。まあ、いいけど。久しぶりの尾崎世界観のライブは、空間とか時間帯とか含め、非常に良かった。ライブハウスとかに行くと、景色が全く変わらないし、密閉された空間だから非日常って意識が強くなるけど、今日はライブが進むにつれて陽が落ちて暗くなっていって、たまに外の音も聴こえてきたりして、生活の中に音楽があるという感じがしてすごい良かった。日常の中の音楽というか。もっとふらっといける野外ライブたくさんあればいいのに。

尾崎さんのライブは1年ぶりぐらい? 全編に渡り良かったんだけど、尾崎さんのうまく声が出ないときの苛立ちというか、葛藤みたいなものに相変わらず良さがある。歌声って当たり前だけど自分の意志だけの問題じゃなくて、体全体のコンディションとか、単純な技術とか、さまざまな要素が絡み合って生み出されるわけで、ようはコントロールすることなんてできないと思うんだけど、尾崎さんはそこをコントロールできないから委ねるって感じじゃなくて、無理矢理にでも出そうとしているところに、尾崎さん自身の姿勢と重なるようなところがあり、僕は謎の共感をしていた。途中、コレサワさんというシンガーソングライターと、マイヘアの椎木さんがゲストで登場した。初めてライブ観たけど、良かった。

2時間ぐらいでライブは終わり、夜は誰か捕まえて飲みにでも行こうかなとさんざん迷った挙げ句、普通に帰って、作業を進めることにした。と思ったら、やっぱり友達と話したくなって、久しぶりにオンラインゲームでもやっちゃいますか、と思ったら、久しぶりすぎてアップデートに3時間かかると表示が出た。作業を進めることにした。進めている。

勢いで窯元に行ったら、人間国宝にお会いできた話

GWに京都で友人と会う約束があり、そのついでに急遽鳥取に2泊3日で行ってきた。

鳥取と言えば、まず真っ先に「砂丘」が連想される。そして、最近では青山剛昌先生や水木しげる先生の出身地としても注目を集めており、空港や通りに作品の名前が冠せられたりしている。しかし、今回の目的はそのいずれでもなく、「器」である。

少し前まで「器」自体に全く興味はなかったのだが、つい最近牛ノ戸焼の染分皿を目にする機会があり、ひと目で気に入ってしまった。


出典:器屋うらの

このお皿との出会いをきっかけに、鳥取には柳宗悦の一番弟子とも言われる吉田璋也という偉大な民藝プロデューサーがいたということを知り、改めて民芸運動について調べているうちに、1度現地に行ってみようという気持ちになった。安西水丸さんの『鳥取が好きだ。水丸の鳥取民芸案内』を携え、折坂悠太(鳥取出身)を聴きながら、とりあえず牛ノ戸焼の窯元を見れればいいかなというゆるい気持ちで向かう。

初日は夕方ごろに到着し、まずは「たくみ工芸店」にGO。扉を開けるやいなや、さまざまな窯元の個性豊かな器が置いてあり、一気に惹き込まれてしまった。

物色していると、店員さんと軽く目があったため、挨拶がてら「明日は窯元に行こうと思ってるんです」と話しかけてみると、「ほう、それはよっぽど器がお好きなんですね」との回答。てっきり器好きの人は窯元に行くもんだとなぜか思い込んでいたが、わざわざ窯元まで行ってみる人はかなり少ないらしい。現地で初めて知った。

そして、「もし行くのであれば、事前に電話しておいた方がいいですよ。窯元の多くは家族でやっていらっしゃるので不在の場合もあります」とも教えていただき、こんな1ヶ月前に器に興味を持ち始めた素人が突撃していいものか……としばし悩むが、このために来たのだから行ってみようと思い直す。

店をあとにしようとしたところ、「ちなみに今回はお車ですよね?」と聞かれ、「いえ、電車ですけど」と答えると、あからさまに店員さんの顔が曇り、「それは…もしかしたら難しいかもしれないですね…。窯元は多くが山奥にあり、公共交通機関で行きづらいんです」と衝撃の宣告。しかも、牛ノ戸焼や同じく染分皿で有名な中井窯は、特に行きづらい場所にあるそう。

なんのために来たんだ……としばし呆然と立ち尽くしていると、「いや、でも何か方法があるかもしれません……とりあえず駅の観光案内所に行ってみてはどうでしょう?」と提案され、ダメ元で観光案内所に向かう。すると、やはり公共交通機関で行くのは難しいと言われてしまったが、タクシー乗り放題のプランがあるから、それを使ってみてはどうか、と提案してくださった。

3時間付きっきり9200円。

決して安い金額ではない。しかし、窯元に行けないとなると、なんのために来たのかわからない! えいやと申込みをすませ、明日に備える。

翌日は砂丘や砂の美術館を午前中に済ませ、13時から窯元巡りスタート。ドライバーは、カキモト(仮名)さんという50代ぐらいの女性。元気なおばちゃんという感じ。「若いのに器に興味があるなんて立派ねえ。私なんて鳥取に住んでいるのに、全然詳しくないから恥ずかしいわ」と30回ほど繰り返され、「いや、僕も全く詳しくないんですが……」と返答するも、全然聞いていない感じで、一方的にマシンガントークを受けながら向かう。

鳥取駅から30分弱、まずは中井窯に到着。

中井窯

中井窯は、原宿のBEAMSや中目黒のSML等々で展示を行っている窯元さん。洗練されたお洒落さがあり、自分を含め、おそらく器初心者的にも取っ付きやすいようで、若い女性もちらほら来ていた。

この日は定番の染分皿を始め、柳宗理ディレクションの作品群や新作(?)の青磁なども置いてあり、1時間ほど眺め倒す。特に青磁は、ほかのどこでも見たことのない不思議な青で、これに炒飯入れたらいいなとまで妄想したが、かなり高額だったため断念。今回は、大きさもちょうどよかったため、柳宗理ディレクションの染分皿にしておいた。

中井窯

ちなみにドライバーのカキモトさんは、なぜか店内まで付いてきたあげく、窯元の方に「中井窯のデザインって牛ノ戸焼と似てますよね。素人目には違いがわからなくて、ガハハ」といった千原せいじ方式の会話を繰り出しており、僕は内心で「カ〜キ〜モ〜ト〜」と叫び倒していた。怖いものなしすぎるぜ。

次は、牛ノ戸焼窯元へ。中井窯からほど近く、10分かからず到着。7代目にあたる小林遼司さんに丁寧に出迎えていただいた。

こちらは吉田璋也が民藝に興味を持ったきっかけの窯元さん。中井窯のように専門の販売所があるわけではなく、焼く前の器などが保管されている場所に一緒に作品も置いてあり、そこを見せていただく形。

今回の旅のきっかけにもなった窯元さんのため、ちょうどいい大きさの三方掛皿やコーヒーカップがあればぜひ購入したかったのだが、この日は大物中心のラインナップでご縁なく……。銀座の「たくみ」にも卸しているとのことなので、東京に帰ったら覗いてみようと思う。

何も購入しなかったにも関わらず、最後はご親切に登り窯まで見せていただき、あまりの大きさに言葉を失った(驚きすぎて写真撮るの忘れた)。昔ほど頻繁には使わないそうだが、今でも年に1度2度は使っているそう。


出典:Wikipedia

というわけで、お目当ての2つの窯元巡りは思いの外スムーズに終了。どちらの窯元の方も大変親切にご対応いただき、行ってみるもんだな、と大満足。

まだ多少タクシーの時間はあるものの、もう近場で行きたいところもなかったため、ゆっくりめに帰ってもらおうかなと思っていると、カキモトより「この近くに白磁で有名な窯元があるみたいなので行ってみませんか」との提案を受ける。

正直、染分皿の鮮やかなバイカラーに惹かれた自分としては、白磁には興味を持てるイメージがわかず、しかもその窯元さんには前日に電話もしていないため、いきなり行ったらご迷惑になるのではないかとの思いから渋っていると、「ダメ元でいいじゃないですか。とりあえず行きましょう!」と半ば強制的に向かうことに。

ほどなくして、やなせ窯に到着。いきなりの訪問なのに、カキモトはけっこうな勢いでお庭に車を入れるからひやひやする(窯元さんはご家族で営まれていることが多く、自宅と工房を兼ねている場合が多い)。

下手したら怒られるのではないかとおそるおそる玄関に向かうと、作家さんの奥様が出迎えてくださり、お家の中に招いてくださった。

やなせ窯
やなせ窯
やなせ窯

自分は今まで本当の白を知らなかったのではないか、と思わされるほどの圧倒的な白!

僕の粗末すぎる写真からは伝わらないが、作品の周辺の空間だけ時が止まっているような感覚を受ける。正直、今回の旅で最も衝撃を受けた。

黙々と作品を見ていると、奥様がお茶とお菓子を持ってきてくださった。なんとなく世間話をしていると、ヌルっと部屋の奥から男性が登場し、同じテーブルに着席。「お邪魔してます」と声をかけると、優しい笑顔で名刺のようなものを渡してくださり、ちらっと経歴を見ると、「重要無形民俗文化財保持者」との文字。人間国宝現る。

理解が追いつかず、ぼーっとしていると、「どうして器に興味を持ったのですか?」と話を振っていただき、その後は「民藝とは何か」「お気に入りの器のある生活の豊かさ」というようなことをお話しいただいた。レコーダー持っていなかったことを悔いた。

そんなわけで終始感動しっぱなしだったわけだが、途中カキモトは「人間国宝の作品なんてお高いんでしょ〜、こいつ〜」みたいなトークを放り込んできて、まじでぶん殴ろうかと思った(やなせ窯に来れたのはカキモトのパワープレイの賜物であると念じ、必死に我慢したけど)。

というわけで、今度こそ駅に戻ろうかなと思っていたところ、「実は近くに若い作家さんの窯があり」という話になり、なんと今度は花綸窯に向かうことに。花綸窯の花井さんはわざわざやなせ窯まで迎えに来てくださり、一緒に向かう。

花井さんは福岡で陶芸の修行されており、数年前に独立を考えたときに、鳥取に作家の誘致構想があることを知り、移住してきたんだとか。自宅内で作品を見せていただき、牛ノ戸焼ともまた違う風合いのもので気に入り、湯呑を買わせてもらった。たまに東京でも展示を行っているそうで、タイミングが合えば行ってみようと思う。

花綸窯

というわけで、ここらでついにタイムアップ(というか、カキモトが「陶芸だけで食べて行けるもんなんですか?」みたいな思い切った踏み込み方をし始めたので切り上げた)。駅に戻ったときは16時半近かったけど、特に追加料金取られることもなく終了。

ちょこちょこカキモトに愛想をつかしそうになりながら、ともあれ結果的に3時間で4つの窯元を回ることができた。

事前に下調べし、窯元にまで行く人は少ないという情報を得ていたら、おそらく窯元に行くことはなく、こんなに濃密な体験はできなかったであろう。最終日、「たくみ」の店員さんに窯元巡りの報告に行くと、「ほんと度胸ありますよね(笑)」と言われた。度胸は全くないと自負しているが、ときには無知がゆえの勢いで行動してみると、壁の向こう側にある世界を知ることにつながるのは間違いなさそう。なんだかんだカキモトの勢いにも助けられた。

今度鳥取に来たときは、延興寺窯や山根窯あたりを攻めたい。